博物館の歴史

資料館

資料館建設までの経過

資料館の建設運動は町民の有志により、昭和40年代後半から始まりました。

当時、町内では山陽新幹線や九州縦貫自動車道の建設工事が計画され、工事に取り掛かる前に遺跡の発掘調査が行われ、遺跡からは古代人のくらしを示す資料がたくさん出土していました。

これらの資料は町に保管整理場所がなかったため、調査を行った福岡県が太宰府にあった九州歴史資料館にて整理保管をしていました。

これらの状況を知った町民有志が、町から出土した資料を何とかして、町で保管展示できないかという思いから、「歴史を知る会」を結成し、町に資料館建設の要望を行いました。

それと並行して「歴史を知る会」は地域の方々や役場の協力を得ながら、町内の歴史や民俗資料の収集を行いました。

博物館歴史1

その結果、昭和53年鞍手町文化体育総合施設建設計画に資料館建設が組み込まれ、昭和55年5月から、これまで町内全域から収集されていた資料が旧鞍手分校の校舎の一部に仮収蔵されるようになりました。

昭和58年資料館の建設が具体化し、昭和59年度の国庫補助事業の採択を受け、資料館は建設されました。

資料館の開館準備

昭和59年

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昭和60年

石炭資料展示場

設置の目的

鞍手町は明治から昭和時代にかけて石炭産業が栄え、日本の近代産業を支えた地域である。本町における石炭産業の発展と衰退は、町の歴史や文化、庶民の生活に大きな影響を与えたものである。このように町の近代史に大きな影響を与えた石炭文化を広く地域の方々に理解していただくことを目的とする。

展示の基本構想

展示の主題

江戸時代から昭和時代の石炭採掘(手掘り、機械化)の様子を生態的に展示し、そのテーマを「鞍手の炭坑のようすとくらし」とする。

展示の視点

展示はコヤマ時代と近代化された炭坑の時代とに分け、写真や解説などを多く使用する。実物大の資料を展示し、坑道や採炭現場などの坑内の様子が体感できるものとする。

石炭資料展示場開設までの経緯

石炭資料展示場の開設準備

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