縄文貝塚

縄文貝塚じょうもんかいづか

古月貝塚

古月貝塚は江戸時代に書かれた「筑前国続風土記」に記録があり、貝殻畑として紹介されています。その後数回の発掘調査が行われ、縄文時代後期を主体とする貝塚であることや、約5000平方メートルの範囲に分布していることなどが確認されています。また埋葬された人骨5体が発見されています。

古月貝塚1号人骨

古月貝塚1号人骨平成5(1993)年9月調査

新延貝塚

新延貝塚は明治時代に開通した室木線の布設工事の際に発見されたものです。現在は県道宮田遠賀線の新延第2橋交差点付近の地下約4メートルの所が最下層として確認されています。

縄文時代前期を主体とする貝塚で、狩猟の道具、漁業の道具、土偶、耳飾りなどの装飾品、どんぐりなどの木の実、しじみなどの貝、イノシシ、シカの骨、埋葬された人骨が出土しています。

新延貝塚2次区南貝塚南断面

新延貝塚2次区南貝塚南断面
平成5(1993)年調査

新延貝塚E・F区埋葬人骨

新延貝塚E・F区埋葬人骨
昭和54(1979)年調査

新延貝塚出土

新延貝塚出土